日本テレビの夏の風物詩「24時間テレビ」のチャリティーマラソンは、毎年多くの視聴者に感動を届けてきました。
歴代のランナーたちが走った距離が気になっている方も多いですよね。実は24時間テレビのマラソン史上最長距離は、1995年に間寛平さんが走った600kmなんです。
この記事では、1992年の第1回から2026年の最新情報まで、歴代マラソンランナーの走行距離をランキング形式で詳しくご紹介します。
24時間テレビマラソン歴代距離ランキング一覧表
24時間テレビのチャリティーマラソンは1992年に始まり、2026年まで34年の歴史があります。
歴代ランナーの走行距離を一覧表でまとめました。
| 順位 | 年 | ランナー | 距離 |
|---|---|---|---|
| 1位 | 1995年 | 間寛平 | 600km |
| 2位 | 1993年 | 間寛平 | 200km |
| 3位 | 2018年 | みやぞん | 161.95km |
| 4位 | 1992年 | 間寛平 | 153km(途中棄権) |
| 5位 | 2012年 | 佐々木健介・北斗晶ファミリー | 120km |
| 6位 | 2025年 | 横山裕 | 105km |
| 7位 | 2014年 | 城島茂(TOKIO) | 101km |
| 8位 | 2016年 | 林家たい平 | 100.5km |
| 9位 | 2015年 | DAIGO | 100km |
| 10位 | 2017年 | ブルゾンちえみ | 90km |
| 11位 | 2013年 | 大島美幸(森三中) | 88km |
| 12位 | 2011年 | 徳光和夫 | 63.2km |
| 13位 | 2019年 | 4人チーム | 合計148km |
| 14位 | 2024年 | やす子 | 非公開 |
| 15位 | 2026年 | 星野真里 | 未発表 |
1995年の間寛平さんの600kmという記録は、番組史上最長であり、今後も破られることはないと言われています。
最長距離600km!間寛平さんの伝説的24時間テレビマラソン記録
24時間テレビマラソンの距離ランキングで圧倒的な1位に君臨するのが、1995年の間寛平さんの600kmです。
この記録は神戸から東京・日本武道館までの距離で、阪神淡路大震災の被災者への思いを背負って走り抜けました。
間寛平さんの600km達成の背景
1995年、間寛平さんは神戸から日本武道館までの600kmという前人未到の距離に挑戦しました。
この年は阪神淡路大震災が発生した年であり、寛平さん自身も自宅を失う被災者の一人でした。
「被災者のみんなのために走りたい」という強い思いが、この超過酷なマラソンを完走する原動力となったんです。
(出典:クランクイン!)600kmという距離は、通常のフルマラソン(42.195km)の約14回分に相当する異次元の数字です。
1kmあたりのペースに直すと約7分12秒で、これを600回繰り返したと考えると、その凄さが伝わりますよね。
マラソンのエキスパートとしての実績
間寛平さんがこの偉業を成し遂げられた背景には、長距離マラソンのエキスパートとしての実績がありました。
ホノルルマラソンを3時間13分で完走したほか、「世界一過酷なマラソン」と呼ばれるスパルタスロン(アテネ〜スパルタ間246km)を3度も完走しているんです。
スパルタスロンは36時間以内に246kmを走らなければいけないという極限のレースで、完走率は30%程度と言われています。
こうした実績があったからこそ、600kmという番組史上最大距離の挑戦が実現したわけですね。
間寛平さんの他の24時間テレビマラソン記録
間寛平さんは24時間テレビマラソンの元祖ランナーでもあります。
1992年の第1回チャリティーマラソンで200kmを走る予定でしたが、走行経路が公表されたため沿道に一般人が殺到し、153kmを走ったところで安全上の理由から途中棄権となりました。
これが24時間テレビマラソン史上唯一の棄権ケースとなっています。
翌1993年は走行経路を非公開にして200kmに再挑戦し、見事に完走を果たしました。
つまり間寛平さんは1992年、1993年、1995年の3回もランナーを務め、合計で953km(途中棄権の153kmを含む)を走ったことになるんです。
2024年やす子さんから2026年星野真里さんまで24時間テレビマラソン最新情報
24時間テレビのマラソン企画は年々形を変えながら続いており、2024年から2026年にかけても注目のランナーが登場しています。
最新の3年間の情報をまとめてご紹介します。
2024年やす子さんのマラソン形式と話題
2024年のチャリティーランナーは、元自衛官でピン芸人のやす子さんでした。
当初は1000人以上の市民ランナーとともに走る予定でしたが、最終的には日産スタジアム周辺を単独で走る形式に変更されました。
やす子さんは高校時代に児童養護施設でお世話になった経験から、「全国の児童養護施設に募金マラソン」という企画を自ら提案しました。
(出典:マイナビニュース)この企画では、24時間テレビ全体の募金とは別に、マラソンで集まる募金を全国600カ所以上の児童養護施設に全額寄付するという仕組みになっていたんです。
ただ、走行距離が比較的短く、ゴール時間の調整があったのではないかという指摘もあり、「感動しなかった」という声も一部で上がりました。
2025年横山裕さんの105km挑戦
2025年の24時間テレビでは、関ジャニ∞の横山裕さんが105kmに挑戦しました。
この距離は歴代ランキングでも6位に入る本格的な長距離マラソンです。
横山さんは番組内で、嵐の相葉雅紀さんからスタートの合図を受け、「頑張りすぎずに、頑張って」という応援メッセージをもらってスタートしました。
横山さんのゴールシーンでは、関ジャニ∞のメンバーや村上信五さんが駆けつけ、スタッフの制止を振り切ってまで横山さんを迎えに行ったという心温まるエピソードも話題になりました。
105kmという距離は、フルマラソン約2.5回分に相当する過酷なチャレンジでした。
2026年星野真里さんがランナーに決定
2026年の24時間テレビは8月29日(土)・30日(日)に放送予定で、チャリティーマラソンのランナーには女優の星野真里さんが決定しています。
星野さんの娘さんは先天性ミオパチーという筋肉の難病を患っており、電動車いすや人工呼吸器を使いながら日々暮らしているそうです。
星野さんは発表の際に「娘と過ごしてきた10年」という言葉を使い、自身の経験を通じて多くの人に勇気を届けたいという思いを語りました。
2026年のマラソン距離はまだ正式発表されていませんが、星野さんと一緒に走る応援ランナー1,000人も募集されており、スタート地点の特定も進んでいるようです。
(出典:日本テレビ)24時間テレビマラソンへの世間の反応・ファンの声
24時間テレビのチャリティーマラソンは毎年大きな話題を呼び、SNS上でもさまざまな意見が飛び交っています。
近年は「感動した」という声だけでなく、マラソンの形式や演出に対する賛否両論の声も増えてきました。
2024年のやす子さんのマラソンでは、距離が短く時間調整があったのではないかという指摘があり、「感動しなかった」というアンケート結果で1位になってしまったんです。
(出典:女性自身)一方で、横山さんの2025年のマラソンでは、メンバーの絆やゴールシーンに感動したという声が多く見られました。
また、24時間で100kmを走ることについて「普通に歩いても達成できる距離では?」という冷静な意見もあります。
確かに計算上は時速4kmで24時間歩き続ければ96km進むため、理論的には可能な数字なんですよね。
ただ、実際には睡眠や食事、テレビ出演などの時間も差し引かれるため、実質的な走行可能時間は16時間程度になることが多く、時速6.25kmのペースを維持し続ける必要があります。
これは普段運動していない人にとってはかなりの負担になるわけです。
個人的には、マラソンの距離や演出よりも、ランナーがどんな思いで走っているのか、その背景にあるストーリーに注目したいと感じています。
24時間テレビマラソンの歴史と距離の変遷
24時間テレビのチャリティーマラソンは、1992年に始まって以来、時代とともに形を変えてきました。
初期は100〜200kmという長距離が中心でしたが、近年は100km前後が主流になっています。
1990年代:間寛平さんの時代と長距離マラソン
24時間テレビマラソンの歴史は、1992年の間寛平さんから始まりました。
当初は200kmを走る予定でしたが、初回は途中棄権、1993年に200km完走、そして1995年には伝説の600kmを達成しました。
1994年にはダチョウ倶楽部がランナーを務め、寛平さんはお役御免かと思われましたが、1995年に再び大役を任されることになったんです。
1996年以降は赤井英和さん、TOKIOの山口達也さん、V6の森田剛さん、にしきのあきらさんなど、毎年異なる芸能人がランナーを務めるスタイルが定着しました。
2000年代:芸能人ランナーの定着とバラエティ豊かな挑戦
2000年代に入ると、マラソンランナーの人選がより多様になってきました。
2000年はトミーズの雅さん、2001年は研ナオコさん、2002年は西村知美さん、2003年は山田花子さんと、女性ランナーも増えていきます。
2007年には当時70歳の萩本欽一さんが挑戦し、高齢ランナーの先駆けとなりました。
2008年はエド・はるみさん、2009年はイモトアヤコさんと、その年にブレイクしたタレントが選ばれる傾向も見られました。
この時期の距離は100km前後が標準となり、番組の構成上も走りきれる現実的な設定になってきました。
2010年代以降:多様化する24時間テレビマラソン形式
2010年代以降は、マラソンの形式自体が多様化してきました。
2011年には当時70歳の徳光和夫さんが挑戦し、番組史上最年長記録を更新しました。
2012年には佐々木健介さん・北斗晶さん夫妻と息子2人の家族4人で120kmを走るという初の試みが行われました。
2018年のみやぞんさんは、水泳1.55km・自転車60.4km・マラソン100kmという初のトライアスロン形式で合計161.95kmに挑戦し、歴代3位の距離を記録しました。
2019年には近藤春菜さん、よしこさん、水卜麻美アナウンサー、いとうあさこさんの4人がそれぞれ32.195kmずつ走り、合計約148kmを完走するという形式になりました。
2020年はコロナ禍の影響で、高橋尚子さんら「チームQ」が「募金ラン」という新しい形式で合計236kmを走りました。
ただ、高橋さんはオリンピック金メダリストということで「プロだから当然」という声も多く、感動度は低かったという評価もあったんです。
こうして見ると、24時間テレビのマラソンは時代とともに進化し続けており、距離だけでなく形式や演出も変化してきたことがわかりますね。
24時間テレビマラソン距離ランキングに関するよくある質問
24時間テレビのマラソン距離ランキングについて、多くの方が気になる疑問をまとめました。歴代最長記録から最新の2026年情報、そして100km完走の難易度まで、よくある質問に答えていきます。
- 24時間テレビマラソンの歴代最長距離は何kmですか?
- 2026年の24時間テレビマラソンランナーは誰ですか?
- 24時間テレビマラソンで100kmを走るのは難しいですか?
- 24時間テレビマラソンで途中棄権したランナーはいますか?
- 2024年のやす子さんのマラソン距離は何kmでしたか?
24時間テレビマラソン距離ランキングまとめ
24時間テレビのチャリティーマラソンは、1992年の間寛平さんから始まり34年の歴史を重ねてきました。歴代最長の600kmから最短の数十kmまで、時代とともに距離も形式も変化してきたことがわかりますね。
- 歴代最長距離は1995年の間寛平さんの600kmで、番組史上唯一の記録
- 2025年の横山裕さんは105kmを完走し、メンバーの絆が話題に
- 2026年は星野真里さんがランナーに決定し、難病の娘さんへの思いを背負って挑戦
- マラソン形式は時代とともに多様化し、トライアスロンや複数人リレーなども登場
個人的に印象的だったのは、間寛平さんの600kmという記録です。被災者への思いを背負って走り抜いたその姿勢は、単なる距離の長さを超えた意味があったと感じています。2026年の星野真里さんの挑戦も、娘さんへの愛情が原動力になっているわけで、こうしたランナーの思いにこそマラソンの本当の価値があるんじゃないでしょうか。
